卒業式の日に

台風のような強風が吹いている今日、3月1日。
多くの高校で卒業式がある日。
今日も多くの高校生が新しい世界に飛び出していくのだろう。

この強い風にはほとほと困るが、
去年の今日、私はこんなに嬉しい卒業式を迎えたことはないという、深い喜びに包まれていた。

子どもが学校へ行けなくなることほど、親を悩ませる事態が他にある?

五体満足なら、何の不足があるのかと、お叱りを受けるかもしれないが、
私にとっては、その子が小学生の時、学校へ行けなくなったということがすごいショックだった。
それを乗り越え、当たり前に通学することができるようになり、高校へ進学し、就職してくれた。
だから、去年、あの子の高校卒業式は、この上ない幸福感だった。

小学校での具体的原因は、特にないと思う。いじめられたとか、そんなことでは、おそらくない。
ただ、あの子が学校へ行けなくなったときに、私は激しく反省した。

4人の子供たちの中で、この子だけは手のかからない子だった。ひどい病気をしたこともなければ、けがをしたこともない。
何か発育不良で悩んだこともない。
そもそも思い出そうと思っても、生まれた時、どんなことがあったか、その時どんな気持ちがしたかと、そういうことさえ覚えていない。

だから、小学校でよく出される宿題。
・・・生まれた時の状況や、その時親がどんな気持ちだったかを聞いて来いというあれ、あれには本当に困った。
だって、何も覚えていない。

長男の時には初めての出産、初めての育児。何もかもが初めてづくしで、てんてこ舞いの日々だった。
忘れようもない。
子供を育てるとはこういうことかと、びっくりもしたし、自分自身を育ててもらったことへの両親への深い感謝の念も湧いた。

長女が生まれた時には、長男とは打って変わって育てやすい、よく寝てくれる子だった。
そのあまりにも違うことにびっくりした。

だが、3人目の次女。
長女と同じ助産所で出産し、同じような環境で同じように育ち、これと言って困ったこともなければ、びっくりしたこともない。
初めての赤ちゃんでもなければ、初めての女の子でもない。
赤ちゃんはこんなものだという感じだったから、時に印象深く覚えていることは何もない。
ただ、助産所の窓からハナミズキの花がキレイに咲き誇っていたことだけ、覚えている。

小学校の宿題には、
それはそれはキレイなハナミズキの花が咲いていたのを覚えている。穏やかな気持ちで、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いてそれを見た。
・・・という記憶を語った。それしか言うことができなかった。

その上、次に生まれた三女がいる。
手がかかる末っ子がいる上に、手のかからないお姉ちゃん。
とても良い子だから、大丈夫な子なんだと、いつの間にか思っていた。

そう、それが根本原因だったのだ。私の心の中では、一番印象の薄い、手のかからない子だった。

親から興味を持たれない子供ほど、不幸なものはない。

学校へ行けなくなったとき、私が悪かったと、深く反省した。この子は、寂しかったのだ。
毎日抱きしめて、愛情を注ぐことに全力をかけた。やさしいコトバを使い、何よりもその子に心をかけた。

やっと学校へ行けるようになってからも、勉強ができなかった。先生からは、見放されていた。
「すべてのお子さんを手取り足取り指導することはできないから、家庭で勉強を教えてくれ」と、電話で言われた。
自分で教えてみて、あまりにも理解力のないことに涙が出た。
こんなに丁寧に、これ以上説明の言葉が思いつかないほど細かく説明しても、理解できない。
ああ、世の中には、こんな子もいるんだ。
勉強ができない子というのは、こういう感じなのかと、初めて知り、情けなかった。

でも、先生から見放されようとも、その子にはその子なりの良いところはある。
お片付けが上手で、歌が上手。
それだけで十分じゃないか。この子はこれで精一杯生きている。生きていてくれるから嬉しい。
気持ちをそこへもっていって、とにかく美点をほめた。毎日抱きしめた。

認めてやると、ちょっとずつ、ちょっとずつ、良いところが現れてくる。

中学校へ入ると、素晴らしい友達にも、素晴らしい先生にも恵まれた。

商業高校では一所懸命勉強し、簿記の大会で全国大会へも行った。

明るい中高生の生活を送ることができ、迎えた高校の卒業式。
地元の企業に就職できた。
元気に社会へ出発することができるということが、何より嬉しかった。

あれから1年。
毎日お化粧して、車を運転して出勤している。
自分の自由に使えるお給料をもらい、好きな音楽を聞き、好きな映画を見る。
毎日、楽しそう。

今年は珍しく、我が家には卒業式の子がいない年だ。
去年のあのよろこびが、卒業式という言葉とともによみがえってくる。

子供たちへの祝福はもちろんだが、母親たちへ、よく頑張ったねと、称えたい。
よくぞ頑張って、ここまで来れたねと。
よくぞ頑張って、育てあげたねと。(笑)

育児から卒業できるお母さんたち、
心から、おめでとう!!