そら、あかんで。
お寺の過去帳はな、あの世の戸籍謄本や。ちゃんとお寺さんでお祀りしてもろて、過去帳にも書いてもらわな。ご先祖様の仲間に入れてもらわなあかんで。
手っ取り早いからかて、宇治(生長の家の、霊供養してもらえる施設)のお祀りだけしてもろて、それで終わりやあかんねん。家族の仲間に入れてもらわな、寂しいやろ?

細かい言葉遣いは違うかもしれないが、そんなことを教えてくださったのは、生長の家の先生。転勤で2年ほど滋賀に住んでいた時だ。だからもう10年以上も前の話。
どうしてそんなことを急に尋ねられたのかは不思議だったが、その先生が突然、「あなたには流産児があるの?」などと聞いてきた。一人いるのだと答えると、どう供養しているのかと聞いて来る。生長の家でお祀りしてもらっていることを答えると、そう言われたわけ。

こんど夏休みには山口に帰らはるんやろ?必ずお寺へ行って、お寺でもご供養してもらうんやで。

実は私も、気にはなっていた。主人の兄・姉や、おじ・おばに当たる流産児は、ちゃんと過去帳に書いてある。だけど、私が流産した子は、書いてない。個人的には毎日仏壇でお参りしているからいいかな?とは思いながらも、他の子は載っているのに、我が子が載っていないのが気になっていた。
やっぱりそうよね?
お寺に相談すると、丁寧に供養してくださった。もう流産後4~5年経っていたから、お葬式と法事までやってくださった。過去帳にも、ちゃんと仲間入りできた。すごくホッとしたのを思い出した。

なぜ、今、突然そんなことをここで書いているのか?

つい昨日のこと、死産や流産の経験のある人たちのことを知って、昔の自分を思い出したから。

信仰している者って、妙に絶対の安心感があって、自分に不幸は起きないと確信していたりする。人間、生身を抱えているんだから、現象的にはいろんなことが起きて当たり前なのにね?(笑)
だから、私もそのうちの一人で、まさか自分が流産するなんて、思ってもみなかった。なので、激しく落ち込んだ。
「私、こんなに頑張っているのに、何でこんなことが起きるんだろう?」って。

でも、今はあの子のお陰で、少しは人の痛みを理解できる自分になれたかな?と、感謝している。何でもかんでも思った通り、イイコトばっかりで顧みることもできない人生なんて、思い上がりの鼻持ちならない人間ができるだけだと思う。
あの子は、自分の身を呈して、私にいろんなことを教えてくれた、本当にかけがいのない、大事な我が子だ。ありがとう。
山坂あって、上がったり下がったり、落ち込んだり励まされたり、励ましあったり。人生、そういうことがいっぱいあるからいいんだよね?

我が子を亡くした悲しみは、すぐに癒えるわけじゃない。そして、忘れてならないのは、決してその子のことを忘れてしまってはいけないということ。
悲しみは忘れてもいいけど、その子は必ずここにいるから、その子のことを忘れちゃダメ。体はなくなっちゃったけど、魂はあるから、今生きている子供たちに毎日ご飯を食べさせるように、その子にも食べさせてあげなきゃ。お菓子の袋を開けたら、まずその子にもお供えして、「一緒に食べようね」って、母が言わなきゃ。

寂しい子を作ってはいけない。こっちにいる子も、あっちにいる子も、すべての我が子に、愛情を注ごうよ。