ちゃんと親を嫌いになれました。・・・え?どういうこと?(苦笑)

ちゃんと親を嫌いになれました。・・・え?どういうこと?(苦笑)

ここしばらくメルマガが書けなかった理由と、友人の言葉に救われた話。

最近、
どうもメルマガが書きにくい心境でした。

ある友達の言葉で、
それがクリアできたので
今日はそのことについて書いてみます。

その友達がこう言ってくれたんです。
「ちゃんと親を嫌いになるって大事だ」と。

その人は、
お母さんが一人で生活できなくなって
お世話を始めました。
子どもの頃から大好きだったお母さんだけど、
一緒に暮らし始めてから、大嫌いになっちゃった。

でもちゃんと嫌いになったからこそ、
感謝ができるようになったとおっしゃるんです。

私も今、
一旦大嫌いになった母を許せて、
楽しく暮らせています。

ですが今度は、
父を大嫌いになっちゃいました。

そんな中、
その友達の言葉で気づいたんですよね。

「親を嫌いになってもいいんだ」と。

心の狭い私を
許してもらえた気がしました。

今日は、そんな私の心境を語ってみます。

つまり今日のお話は、
自分の心に何とか折り合いをつけようと、
もがいている私についてです。

こんな話にキョーミない人は、
ここから先は読まずに
メールをたたんでくださいね。(笑)

認知症との闘い

両親をウチにつれてきて、
共に暮らすようになって2年近くたちました。

両親ともに軽い認知症です。

母は分かりやすいタイプ。
色々忘れます。(^^♪
それを自覚できなかったころは
ひどく攻撃的で困ったものでした。

でも、
自分の記憶がおかしいことを
自覚できてからというもの、
とても穏やかになりました。

もちろん、季節がわからないから、
洋服のチョイスがめちゃくちゃだったり、
なぜかさっき着替えたばかりなのにまた着替えたりと、
おかしいことはするけど
笑って済ませられます。

自分が迷惑かけていることを自覚していて、
いつも私たちのことを気にかけてくれるから。

一見まともな認知症のやっかいさ

ところが困るのが父。
分かりにくいタイプの認知症で、
一見どこも異常はないんですよね。(^^ゞ

今日の日にちも、
今日何があるのかも、
ちゃんと覚えていて準備する。
物言いもハッキリしている。

自分自身で、
「わしはちゃんとしとる」と思っている。

だからとても腹が立つんです!!

実際には、
幼児なみの行動なのに…。

人の歯ブラシを平気で使ったり。
流しまわりの床はびしょびしょになるし、
トイレじゅうに粗相をしても知らん顔だったり。

食べる時には大量にこぼすし、
お碗を箸でたたいたり、
つくだ煮なんかを大量に食べたがる。

つまりね、
1~2歳の乳幼児と変わらないんです。(^^ゞ

孫なら可愛いものなんですけど…。

じいさんが大きな図体で
わがまま放題なわけですよ。

「これじゃあおかずが足らん。」
と言ってみたり、

「今朝はデザートはなし。」
聞こえよがしにつぶやいてみたり。

はぁ~~あ??
二人で暮らしていた時には
アンタたち一体何食べてたと思ってんの!?
どの口がそんな横着を言う??

って感じです。。。

もう家族じゅうがうんざりで…。。。

もはや
「認知症だからしょうがない」とも、
思えなくなっちゃったんですよね~。

母みたいに、
「ごめんね。私がばかになったけぇ迷惑かけるね」
「毎日こんなに心のこもったご飯をありがとう」
という言葉や気持ちや態度があれば、
笑って済ませられます。

だけど、
父はそうじゃない。

自分がどんなにいやな空気を放っているのか
全く理解せず、
ただ威張ってる。。。

だから、
みんなのキモチなどどこ吹く風で、
自分の望みばかりを主張する。

ケアマネさんから「お困りごとはないですか?」と聞かれると
「家内の認知症に困っています」

いやいやいや、
みんなが困ってるのはアンタのほうですがな!

と、家族は心で総突っ込みです。

そんな父の状況に、
もう疲れました。

なんだか、
武内家がバラバラになってきました。

私の父が、
大きな顔をして居座っているからです。

「一家の中心が自分で、
世界は自分を中心に回っている」感覚しかない父。

もう、ほんとうに疲れちゃったんです。

オンライン朝活での救いとは

ホトホトいやになったところで、
先日、
その友達がこう言ってくれました。

「ちゃんと嫌いになるのって大事だ」と。

最近お母さんを見送ったばかりのその友達の言葉だから、
スッと心に入ってきました。

ちゃんと嫌いになることは大切で、
そこを通してやっと感謝できるようになる。

本当の親への感謝って、
とことん嫌いになったうえでやっと来るもんだと。

その言葉を聞いて、
私は救われました。

「あ、心底わかってくれる人がここにいた。」

それだけで救われました。

人の心って、
不思議なものです。

生み育ててくれた親に対して
「老いて耄碌してきただけでそれが嫌になるなんて、
そんなの自分のわがままじゃないか」と、
自分を責める私がいて、
辛かったわけですよ。

でもそれでいいんだよと、
その友達は言ってくれました。

“ちゃんと嫌いになる”のは大事だよって。

その一言が、
ここしばらく私の胸につかえていた大きな塊を
ストンと落としてくれました。

もっと怒ってもいいし、
もっと自分をかわいがっていい。

ゆるくていいんだ。
もっと自分を許そう。

武内和恵、もうすぐ61歳。

まだまだ、知らないことが多く、
まだまだ、皆さんに支えられて生きています。

みんな、ホントにホントに、ありがとう。

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